臨床心理士を目指したきっかけ①と②と③の続きです。
よろしかったらそちらもご覧ください。
ひきこもり期に突入した私は、
1ヵ月はお風呂にも入れず、半年間は外にも出れず、ただただベッドの上で泣いて過ごす毎日でした。
このときは、カウンセリングにも行けませんでした。
信頼していたはずのカウンセラーの先生にも会いたくないと思うくらい、一番つらかった時期だと思います。
それでも、「このままじゃ嫌だ」という思いで、カウンセラーの先生と手紙のやりとりを始めました。
母が私の代わりにカウンセリングを受けに行き、手紙を渡してくれていました。
カウンセラーの先生もお返事を書いてくれました。
長いお手紙というわけではありませんでしたが、 苦しい胸のうちに寄り添ってくれました。
その手紙のおかげで、なんとかもう一度人とのつながりを回復することができました。
半年程ひきこもったのち、少しずつカウンセリングにだけは行けるようになりました。
それ以外の場所には出られない日々がさらに半年程続いたと思います。
気が付けば、周囲は高校を卒業してそれぞれの進路を歩んでいました。
ひきこもっている自分を恥ずかしく感じ、外に出ることがさらに辛く感じていました。
19歳の秋ごろ、「今後どうしたらいいだろう」と考えていたとき、
「臨床心理士になりたかったけど、心の弱い私にはなれないし、どうしたらいいかな。」
とカウンセラーの先生に相談しました。
すると、カウンセラーの先生は、
「どうやったら自分が臨床心理士になれるかを学ぶために大学に行くんだよ。学んでみてから決めればいいんだよ。」
と言ってくれたのでした。
「そっか、学ぶために大学に入るんだから、大学を目指してもいいんだ。」
と思ったら、すごく楽になりました。
そして、次の年の春に通信制の高校に編入し、足りない単位を取り、1年間で高校卒業の資格を取得しました。
21歳の年の4月にみんなより2年遅れての大学生活をスタートさせました。
このとき、カウンセラーの先生からずっと言われていた言葉は
「自分を好きになってあげてね。」
という言葉でした。
何度も何度も言われました。
当時はピンとこなかったのですが、温かい言葉として心に染みわたっていたのを覚えています。
大学に入学する頃には、
「全て私が悪い」
という信念は、目立たなくなっていました。
少しだけ、生きやすくなった私がいました。
このあと順調に心理士への道を歩むのかと思いきや、もう少しだけ紆余曲折していきます。
続きは臨床心理士を目指したきっかけ⑤へどうぞ。
最後までお読みいただきありがとうございました。